求)丈夫な肺 出)穴だらけの肺
Hi!最近コアラのマーチ<バナナシェーキ味>にハマってるぅどんだよ!

みんな、今日も元気にマウスとシンクロしてるかい?
あまり長い時間パソコンと向かい合ってると、俺みたいに血管がADSLになっちゃうよ。



・・・('A`)

今日は知ってる人も多いと思うけど、私ことぅどんが肺に穴が開き始めて6年目
に突入した。ということで、悲しみと憎しみをこめて、愚痴という名のお祝いを
しようじゃありませんか!





そう、それは高校2年生の夏だった・・・。

新しいクラスにも慣れ、某e君やMたそとも仲良くなり
遊ぶようになった頃だ(ったと思う)。

夏休みに入り、これから何をしよう!と計画を考えていた矢先のこと。

奴は俺を襲ったのだ。

自然気胸
・肺は、胸腔と呼ばれる部屋の中にぴたりとはまるように浮かんでいます。
 肺の表面に穴があいて空気が漏れますと、胸腔に空気がたまって
 その分、肺がつぶれて小さくなります。この状態を気胸といいます。


いつもと変わらない朝。
起きると左肺のちょうど裏側、背中が引っ張られるような痛みに襲われた。

最初は筋肉痛かな?と思い、遊ぶ約束のあった某mっちー君と連絡を取る。
しかし、痛みはどんどん増すばかり。しかも、昨日特に運動なんてしてねえよ!

こらおかしい!

と、いうことで地元の小さな病院へ行き、レントゲンを撮ってもらう。

医者「驚かないで聞いてね。○○君はね、肺に小さな穴が開いて、そこから
    空気が漏れる気胸という病気なの」

「マジ?( Д)  ゚    ⌒Y⌒Y ゚」
  驚くっしょ、確実にそれ!

そして、入院が必要という事で隣町のでかい病院に行く事になった。
外科の病室が空いてないらしく、内科でお世話になることに。

ああ、入院なんて小学校の肺炎の時以来だよ。暇だろうなぁ・・・。
と、思いつつも病室へ。


うっほ!看護婦さん若い!1!!綺麗!!!キタコレ

この病院は違った!さすがは大きな病院。看護婦さんのクオリティタカス!

とりあえず、病状は軽いということでベッドの上で安静、安静、安静。

そして、10日間ほどして退院。
再発の話も聞かされたが、まあ大丈夫だろう('ω`)くらいに思っていた。

3ヵ月後、再発('A`)
症状が軽いので、自宅療養でもOKとの事で安静して治す。

・・3ヵ月後、再発('A`)
とうとう、症状が悪化しドレインという名の管をいれる事になる。
いやまじ、痛いんだこれ。
麻酔の注射を円を描くように射していく。
息を止めて、管を入れる。この、入れる時の気持ち悪さと言ったら・・・。

しかも、これ肌身離さず点滴をぶら下げる台車と共に生活しなくてはならない。
トイレ行く時も、飯食うときも。そう、言うならばあれ。 

どこでもいっしょ(ノ∀`)

ここまで再発を繰り返すようでは、癖になって今後も再発をする可能性が高い。
と、いうことでそのまま手術。

マジ恐かった。しかも、手術終わってから次の日になるまでが辛い。
全身麻酔によって、まどろむ意識の中、目が覚めては痛み止めを打たれ、
また眠る。その繰り返しをしながら、1日を過ごさなければならない。
そのため、次の日になると喉はカラッカラ。

これで肺の弱い部分を摘出したわけで、再発率も5%!
もう俺はこの苦難から逃れられるヽ(´ー`)ノ


そして何ヶ月か後・・・。
今度は右の肺が気胸になる('A`)モウオラヤダヨー

症状は軽かったものの、これで右肺も手術をしてしまえば終われる。
気胸という闘いに終わりが訪れると思い、意を決してすぐに手術をした。

もう、俺に恐いものはない!これからは自由気ままに生きるんだ!!
青春だってなんだってしてやるぜ、かかってこい( ´_ゝ`)∂



・・・生きれなかった。

手術をしたにも関わらず、再発。
再発率5%当たっちゃった。見事に当選ですよ( ´・∀・`)オレスゲー

もう手術はしたくないとの事で管を入れ治す。


何ヶ月か後・・・(もう覚えていない)再発。
管を入れて治す。

何ヶ月か後・・・
右肺も再発。再発率5%を見事に2回も当てちゃった(・∀・)!
もう手術は(略
俺の体はボロボロだ!もう管を入れた傷跡がたっくさん(ノ∀`)

ここからはもう、いつ再発して何度治療したか覚えてません。

それでも、左の肺は特に弱いようで手術を勧められた。
今度は肺の弱い部分を体の内側とわざと癒着(くっつける)させる事により、
更に再発率を下げようというものだった。
ただ、肺が自由に動けなくなる上に、この先、違う肺の病気にかかった時に
癒着している事によって手術が困難になる可能性もあると言われた。
そして無事、手術終了。



再発。
予想はしていた。いくら手術で切ろうがくっつけようが俺には無駄だったようだ。

人間には左右2つの肺があるが、左右どちらの肺も
上下に分かれて2つの部屋が重なって大きな肺1つとなっているのだ。

今度はその上下の部屋の境目。ちょうど真ん中に弱い部分(ブラ)ができた。

それからというものの、医者は手術を勧めなくなった。

しかし、今でも再発するまでの期間は長くなったものの、繰り返している。
このサイトの個別症例を見ても、俺はかなり発症回数が多いと思う。
きっとそろそろ30回を越える、もしくはもう越えているかもしれない。
現に、この記事を書いてる今も左肺は気胸状態。

この病気は季節の変わり目に多いらしく、気圧やストレスが原因じゃないかと
最近では考えられているらしい。
自分も夏休み、冬休み、季節の変わり目は必ずといっていいほど再発をする。


繰り返し入院するようになって、常連となってしまった。
先生も看護婦もレントゲンの技師までもが、皆俺の顔を覚えてしまったらしく
いつも世話になっている病院では入院の説明などもされない。
「わかってるからいいかな?」とか言われる。
なんだそれ(;´д`)


学生が長期休みで遊んでいる中、自分は病院、又はベッドの上。
俺だけが苦しんでいる、痛みを堪えている。なんて理不尽なんだ。
俺がどれだけ悪いことをした。何で俺なんだ。自分はタバコも吸わないし、
酒も殆ど飲まない。なぜ、他の人はならない。
と、思い続けては泣く事が何度もあった。人に当たる事もあった。

しかし、この病気で知り合った人がたくさんいる。

支えてくれた親、看護婦、レントゲン技師、医者の先生。
同じ病気で入院している友達もできた。たくさん話をした。
苦しみを分かち合った(かもしれない)。

ほんとに感謝をしてもしきれない。

そしていつも見舞いにきてくれる友達。ありがとう。
特にお菓子の差し入れいつもありがとう。
どういった意味でこれを選んでくるのか、僕は良くわからないよ。

いつ、再発がなくなるのかは誰もわからない。 俺もわからない。
医療技術は進んでいるが、未だに原因はわからない。
そして俺は少しずつ放射線(X線)を蓄積させてゆく・・・・。

でも、それでも頑張っていこうと思う。

がんばらなくちゃいけない。ネトゲのために

ここまで全部、愚痴という名の駄文を読んでくれた人、ありがとう。

もし、少しでも苦しみをわかってもらえたなら、健康な体に感謝をすると共に
できるだけ労わって欲しい。
「なったらなったで、しょうがないと思ってる」と言う人が多いけれども、
なってからじゃ遅いよ、病気は(n´・ω・)n

それでは、最後にこの言葉で締めくくりたいと思います。


健康って、ほんっとにいいもんですね(^^ゞ

んじゃ、また。
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by ludon1368 | 2005-07-29 19:50
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